東京高等裁判所 昭和33年(ラ)376号 決定 1959年4月15日
抗告人 田村弥太郎
訴訟代理人 千葉宗八 外一名
相手方 中原実二
主文
原決定並びに本件につき東京地方裁判所書記官のなした承継執行文付与拒絶処分を取消す。
理由
本件抗告の趣旨並びに抗告理由は別紙記載のとおりである。
第一、本件における事実関係の経過は次のとおりである。
一、申立外東京都は別紙目録(一)記載の土地所有権にもとづき該地上に同目録(二)記載の建物を所有してこの土地を不法に占有していた大炊御門憲熈に対する建物収去土地明渡請求権保全のため同人を債務者として東京地方裁判所に仮処分を申請し(同庁昭和二十五年(ヨ)第四二一号)、昭和二十五年二月十七日「債務者(大炊御門憲熈)の別紙目録(一)の土地及び(二)の建物に対する占有を解いて、債権者(東京都)の委任した東京地方裁判所執行吏にその保管を命ずる。執行吏はその現状を変更しないことを条件として債務者にその使用を許さなければならない。但しこの場合において、執行吏は、その保管に係ることを公示するため適当の方法をとるべく、債務者は、この占有を他人に移転し、または占有名義を変更してはならない。」旨の仮処分決定を得て同年同月二十一日これを執行した。(なおその後前記(二)の建物についてはいわゆる処分禁止の仮処分決定を得て同年三月十三日にその旨の登記記入がなされている)
二、東京都は前記仮処分執行を続行する一方、債務者大炊御門を被告として前記(二)の建物を収去して(一)の土地の明渡を求める本案訴訟を東京地方裁判所に提起し、昭和二十六年九月二十八日原告である東京都の勝訴判決の言渡があつたが、抗告人は右訴訟が控訴審である東京高等裁判所に係属中の昭和三十年二月四日東京都から右(一)の土地の所有権譲渡を受けその登記を了したので右訴訟に当事者として参加した結果、被控訴人(東京都)及び参加人(抗告人)勝訴の判決があり、右は昭和三十二年九月二十七日大炊御門の上告が棄却されて確定した。
他方前記仮処分の執行は債権者東京都のため維持続行されてきたのであるが、昭和三十二年十月二十二日抗告人は債権者東京都の承継人として前示仮処分命令につき承継執行文の付与を受け同年十一月四日いわゆる執行の点検をなし、前記(一)及び(二)の土地建物の状況を調査したところ、意外にも前記仮処分の趣旨に違反して、(二)の建物は前記仮処分の執行後に該仮処分債務者大炊御門によつて改築されて別紙目録(三)記載の建物となつており、この(三)の建物はその種類、構造坪数においての(二)建物とは同一性を欠く別個の建物と認めざるを得ない状態にあるため、前記判決にもとずく強制執行として右(三)の建物を収去することができず、したがつてその敷地である(一)の土地の明渡も不可能となつた。
一方債務者大炊御門はその後右(三)の建物を相手方中原実二に譲渡して引渡し、同人において昭和三十二年十二月二十七日所有権保存登記を経由し、以てその敷地たる(一)の土地を占有している。
三、よつて前示債務者大炊御門に対する占有移転禁止の仮処分執行につき債権者東京都の承継人として執行文の付与を受けて現に右仮処分執行中の抗告人としては、前示「現状を変更しないことを条件に債務者にその使用を許した」仮処分命令の趣旨は「現状を変更してはならない」との不作為を命じているものと解せられるから、前示の如く右命令に違反して目的たる土地建物の現状を変更した債務者大炊御門に対し、不作為義務違反の場合の強制執行として民事訴訟法第七百五十六条、第七百四十八条、第七百三十三条、民法第四百十四条第三項に則りいわゆる授権決定を得て債務者の費用を以てそのなしたるもの(前示(三)の建物)を除去することができる筈である。ところで右債務者大炊御門は前示仮処分執行継続中に前示(一)の地上にある右(三)の建物の所有権を相手方中原実二に譲渡し、右中原は債務者大炊御門の承継人と目すべきものであるから、抗告人は右相手方中原に対し承継執行文の付与を得て、同人に対する仮処分執行として前同様授権決定を得て執行をなさんとするものであるが、右承継執行文の付与の申請に対し東京地方裁判所書記官黒部縫之助はこれを拒絶したので、右書記官所属の原裁判所に右書記官の処分につき異議申立をしたところ、却下せられたので本件抗告に及ぶ。というにある。
第二、当裁判所の判断
一、前掲第一の一、ないし三、の経過事実はその法律上の見解の点を除き本件仮処分事件記録並びに抗告人提出の証拠資料によつてすべてこれを認めることができる。
二、先ず本件で問題となつている第一点は、前示の如く債権者の債務者に対する土地所有権にもとずく建物収去土地明渡請求権の執行を保全するため「目的たる土地建物に対する債務者の占有を解き債権者の委任する執行吏にその保管を命ずると共に、執行吏はその現状を変更しないことを条件として債務者にその使用を許さなければならない」と定めた仮処分命令中右「現状不変更を条件とする使用許容」の趣旨如何の問題である。
この点に関し原決定は種々理由をあげて右は単に「使用についての条件」を定めたに過ぎず、現状不変更という将来の不作為を命じた趣旨と解し得ないとし、従つて債務者が本件仮処分の目的たる(一)(二)の土地建物の現状を変更して即ち(二)の建物を除去して右地上に別異のものと目せられるような(三)の建物を築造した場合と雖も不作為を目的とする債務の強制履行の方法として右(三)の建物につきいわゆる授権決定を得てこれを収去せしめることは許されない。との見解をとり、その理由として「一般に債務名義の内容についてはできるだけその文言に従い厳格に解釈すべきこと、また、現状不変更というような抽象的で客観的に不明確を免れない文言だけで、その不作為義務の内容を具体的に明示していない場合にも強力な執行をなし得る根拠となる債務名義と見ることは法的安定のため是認できない」と説示し(その他の理由については特に採りあげて論ずべきほどのものでない)ている。しかし右現状不変更を条件に使用を許容するという文言の前段にある当該目的物たる土地建物に対する債務者の占有を解き債権者の委任する執行吏にこれが保管を命じた部分をも対比して考えるとき、執行吏保管のままで債務者にその使用を許さないときは現状変更ということはあり得ないけれども、債務者にその使用を許すときは債務者において目的物の現状を変更し仮処分の目的を達成するに困難を生ずるおそれがあるから、かかる条件を附したもので右条項の趣旨たるや単なる使用の条件というよりむしろ執行吏保管のまま債務者に使用を許容するが、その反面において現状を変更してはならないという不作為義務を課した趣旨と解すること文理上も妥当である。また「現状不変更というような抽象的で客観的に不明確な文言だけでその不作為義務の内容を具体的に明示しない場合にも強力な執行をなし得る根拠となる債務名義とみることは法的安定のため是認できない」というのが原審の見解であるが、もとより不作為義務違反の場合にはこれが強制履行の方法として債務者の費用を以てそのなしたるものを除却し且つ将来のため適当の処分をなすことを請求し得る(民法第四一四条第三項)のであるから、その不作為命令の内容たるや具体的に明示せられることは当然の要請であろうけれども、この種仮処分では命令裁判所が現状変更の内容を細目に亘つて一々具体的に決定することは困難であるから、仮処分命令には「現状を変更してはならない」趣旨を表明するだけで、命令にいう「現状変更」の判断を執行機関にまかせることも是認せらるべきであろう。(この点につき「病院の建物を執行吏の保管に移し、債務者の申立があるときは債務者が右建物において医業を経営するのに必要な限度でこれにその使用を許すべき旨を執行吏に命ずる仮処分は建物の医業経営に必要な限度の判断を執行吏に委ねているからといつて違法でない」とした最高裁判所昭和二十三年七月十七日判決、民集二巻一九〇頁参照)従つて前示の現状不変更の仮処分命令を以て具体的に不作為義務の内容を明示していないとの論拠から「現状を変更してはならない」との不作為を命じた趣旨を包含すると解し得ないとする原審の見解には左袒できない。
なお現状変更の有無の判断についてはその変更が被保全権利の強制的実現をより困難にする程の影響を与えるものか否かを考慮してこれを決定すべきものと考えるが、本件における如く建物収去土地明渡の請求について発せられた現状不変更の仮処分命令においては、前示認定のように、目的たる建物の同一性を失う程度の変更がある以上、右は被保全権利の実現を困難にすること必然であるから、いわゆる現状の変更に該当することは論を俟たない。
これを要するに当裁判所は本件仮処分命令には「現状を変更してはならない」との不作為命令も含んでおり従つて債務者の前示現状変更行為はこの命令違反であるから、債権者は民事訴訟法第七百三十三条第一項、民法第四百十四条第三項によりいわゆる授権決定を得て現状変更により作出された(三)の建物を収去せしめることができるものと考える。(尤も仮処分命令そのもののうちに、増築新築の建物の除去をなし得る権限を執行吏に附与する条項があれば、かかる授権決定を待つ要もないこと勿論である)
三、承継執行文の要否とその可能性
ところで本件においては前示仮処分の執行中抗告人は債権者東京都の承継人として承継執行文の付与を得て債務者大炊御門に対する仮処分執行を受け継ぎその執行を続行中であるが、債務者大炊御門は前示の如く右仮処分の不作為命令に違背し、右仮処分の目的たる別紙目録(一)の地上に存在していた同(二)の建物を改築して新たに別個の(三)の建物を築造し、これを第三者たる相手方中原に譲渡し、中原は現に右(一)の地上に(三)の建物を所有し右土地を不法に占有しているというのである。かかる場合執行債権者としては第三者に対しても別段の債務名義を要せずしてこれが除去を強制し得るとの説もないではないが、当裁判所は仮処分の効力の限界上かかる第三者に対してその除去を強制するにはこれに対する別段の債務名義を必要とし、新に執行を開始するほかないものと解する。尤もこの見解に従えばこの種仮処分の実際的効用は若干減殺されるとの非難を免れないが、次に述べる承継執行文付与の方法によつて当該仮処分命令にもとずき第三者に対し執行命令を得てこれが除去を強制することが可能であると信ずる。
そこで現に仮処分が執行せられてその効力が存続中債務者の交替があつた場合に承継執行文付与の可能性について考えるに、この場合債務者に対する執行行為は一応完了しているから、承継執行文の付与をなす余地はないのではないかとの疑問もあろうが、本件のような仮処分にあつては本執行あるまで仮処分執行はなお存続するのであるから、その間における当事者の交替のため承継執行文を付与する必要が生じてくるわけであり、民事訴訟法第七百五十六条、第七百四十九条第二項の仮処分命令の執行期間に関する規定もその適用はないと解すべく、従つてかかる場合承継執行文付与の可能性はこれを否定すべき理由はない。また保全処分にあつては被保全権利の権利者たる地位または義務者たる地位の承継があれば、附随性の故に、保全処分債権者または債務者たる地位も承継されると解すべきところ、本件の場合前示(一)の土地の所有者である債権者が土地所有権にもとずく家屋収去土地明渡請求権保全のためになす仮処分執行中仮処分債務者大炊御門が前示仮処分命令に違反して前示(一)の地上に(三)の建物を新たに築造し、右現壮変更(つまり不作為義務違反)による債務者の(三)の建物除去義務もこれによつて具体化され、しかも(三)の建物が除却されない限り右現状変更ないし不作為義務違反の状態は継続しているわけであるが、中原はその後(三)の建物を承継取得して(一)の土地を不法に占有している関係にある以上債権者としては中原を債務者大炊御門の承継人として民事訴訟法第二百一条、第四百九十七条の二に則り承継執行文の付与を得た上前同様授権決定による執行命令で(三)の建物の除却を強制することができるものと解するのが相当である。そしてこの見解は本来仮処分の目的たる土地建物の現状を維持し以て本案判決の執行を保全せんとするこの種仮処分の目的にも合致するものと考える。
以上説示した理由により抗告人の本件承継執行文の付与申請は理由あるにかかわらずこれを拒絶した書記官の処分並びにこれに対する異議申立を却下した原決定は不当であるから、これを取消し、主文のとおり決定する。
(裁判長判事 柳川昌勝 判事 坂本謁夫 判事 中村匡三)
抗告の趣旨及び理由
抗告の趣旨
原決定はこれを取消す
債権者東京都、債務者大炊御門憲熈間の東京地方裁判所昭和二十五年(ヨ)第四二一号仮処分命令申請事件につき発せられた仮処分決定に債権者承継人田村弥太郎のために債務者承継人中原実二に対し承継執行文を付与すべし
との裁判を求める。
抗告の理由
一、原決定は抗告人の書記官の処分に対する異議申立を却下したが抗告人は原決定の理由は全面的に不服である。
二、債務者大炊御門に対する本件仮処分の「執行吏はその目的物の現状を変更しないことを条件として債務者にその使用を許さなければならない」との条項は「債務者は現状を変更してはならない」と云う不作為義務を含むものと解すべきである。
(一) 蓋し不動産の明渡乃至引渡請求権の将来における強制執行を保全すると云ふ目的を完遂するためには目的家屋又は土地に対する債務者の占有を解き執行吏の保管に付する旨の仮処分命令が最も徹底している。然しそれでは債務者は本案判決確定迄その使用権を奪われ著大な損害を蒙むる。そこで債務者に目的物を現状の儘で使用することを許しても之を変更しない限りは債権者の執行保全の目的は一応達し得られるのであるから、債権者、債務者の利害を衡量して「現状を変更しないことを条件として債務者に使用を許す」旨の一項を占有移転禁止仮処分命令の内容に加えるのが常態である。だとすればこの条項の趣旨は現状を変更することに因つて生ずる本案判決の執行の不能または著しい困難を避ける保全方法として茲に債務者に対し「目的不動産の現状を変更しない不作為義務を命ず」ると同時に、もしこの義務に違反するときは目的不動産の使用は禁止せられ、保管者たる執行吏に明渡ないし引渡すべきこと、また既に為したものを除去する等原状を回復すべき旨を命じたものと解するのが適当である。
(二) 然るに原決定は右条項の趣旨は単に「使用についての条件」に過ぎないと解釈しているが、仮りにこの見解に立つとしても債務者がこの条件に違反をした場合、自動的に爾後目的物件の使用は許されない状態となることを認めざるを得ない。このことは債務者が使用の条件である「現状を変更しないこと」に反し現状を変更した以上茲に爾後目的物件を「使用してはならないと云う不作為義務」が発生し、前述の「現状を変更してはならない不作為義務」ある場合と同様、保管者たる執行吏に明渡乃至引渡すること、また現状を変更した状態は除却して原状を回復すべきことの効果が発生するものと謂わざるを得ない。一般に執行吏の所謂点検により債務者または第三者の退去、目的物件の明渡乃至引渡の強制権の発動が行われるのは債務者に右の義務があるからである。
(三) 以上何れの説をとるにしても債務者が主観的、客観的現状変更した場合不作為義務に違反したことになるのであるから、執行吏の退去又は除却の強制権行使を忍受しなければならない立場にあり、若し執行吏において強制権を行使しない場合はその除去権を確保する上に債権者は民事訴訟法第七四八条第七五六条第七三三条民法第四一四条第三項の規定に基き、所謂授権決定を得て、その変更した状態を除却することが出来なければならないのである。
(四) 本件は債務者が仮処分命令に反し仮処分執行当時の目的物件である(二)建物の現状を変更し、(三)建物に増改築し、同目的物件である(一)土地内に(三)建物を建築、所有することによつて同土地の現状を変更した、而かもこれは顕著なる客観的、継続的な現状変更の状態であつて、これに因つて不作為義務違反が継続的に存在する、この継続的な現状変更乃至不作為義務違反の状態は(三)建物が存在する限り継続し、(三)建物を除却することに因つて初めて不作為義務違反が終止し原状を回復することが出来るのであつて、この方法として所謂授権決定を得てこれを収去することが仮処分目的に副う所以であり、右各条を適用して斯る顕著なる悪質違反行為に対処し本件を処理することが極めて妥当公正なることを信ずる。
三、原決定は「所謂主観的現状変更禁止に付ては本件仮処分決定の主文の末項に、債務者はこの占有を他人に移転し又は占有名義を変更してはならないと定めているから強いて前記の文言に求める要はないし、其の所謂客観的変更に付て申立人の主張するように之を禁止する主旨の不作為義務を課しているものと解釈する事は命令の表現からみても無理であり又こう解釈しなければならない実質的理由もないものと云うべく云々」と称しているが、所謂主観的現状変更を禁止していることは仮処分命令中に明記しあり疑問の予地がない、また客観的変更に付ては「現状を変更しないことを条件として」との文言は「現状を変更してはならない」という趣旨を包含しているものであり、斯く解する事は本案判決執行保全の為めになされる仮処分の目的から云つて極めて必要な実質的理由である、若しも原決定に述べてあるように、現状を変更してはならないという不作為義務を命じたものでないとすれば、また斯く解する実質的理由がないとするならば、仮処分命令は本案判決の執行保全のためには何等の効果のない実質的にも意味のないものと謂わざるを得ない。また原決定は「いかなる場合に現状変更あつたものといえるかが文言上からは甚だ明瞭を欠くことである云々」と云つているが、本件の場合は顕著なる現状変更であつて、原決定がかかる説示を本件でなす事は他を顧みて云うに等しい。尚原決定は保証の額に付て論じておるけれども保証の有無、其の保証額の高低は仮処分決定裁判所の裁量に基くものであり、効力如何との問題とは別個の問題である、従つて本件仮処分命令の保証の額が少いと云う理由から本件仮処分は強い効力をもつものでないと云うが如き全く主客を転倒する理論である。要するに原決定は本案判決の執行保全の目的(本案判決執行まで現状変更がされれば執行は不能となりまたは著しく困難となる茲に仮処分によつて現状変更を禁止する必要あり)で為される仮処分の必要とその効果を自ら否定する説であり通説また判例にも反する。
四、次に債務者大炊御門の承継人中原実二に対する承継執行文附与について述べる。
(一) 債務者大炊御門は本件仮処分命令に反し、仮処分執行後目的物件である(一)宅地上に存在する(二)建物を取壊し(三)建物に増改築して(一)土地(二)建物に対する客観的現状を変更したので、使用は禁止せられ、何時でも執行吏による退去乃至現状変更物件の除去を認容しなければならぬ立場にある。ところが債務者は抗告人が昭和三十二年十一月十八日(三)建物に対する収去命令を申請中、その取壊しを免れる目的で(三)建物を債務者承継人中原実二各義に保存登記を為し、占有移転占有名義変更禁止違反を更に敢てした(同授権決定は(三)建物が中原名義に登記せられたことによつて得られなかつた)。
(二) 債務者承継人中原は(三)建物を自己名義に保存登記することによつて仮処分債務者の地位を承継した、何となれば中原は(三)建物を取得することによつて(一)土地の占有をも承継した。その結果として(三)建物を所有している限り、また現実に除去しない限り、仮処分目的物件である(一)土地の占有使用は継続せられ、またこれに対する主観的、客観的現状変更は継続し、茲に仮処分違反が継続していることは債務者の場合と同様である、このことは債務者承継人が債務者の不作為義務違反によつて生じた(三)建物を取得し(一)土地を占有することによつて(一)土地及(三)建物の使用禁止乃至明渡し並に同建物の除去の義務をその儘承継し、同時に承継人自身同建物を所有することに依つて(一)土地の占有を継続的に侵害しているものであるからこれが原状に回復すべき義務を独立に負担していることを意味する、従つて中原は同建物を所有することに因つて債務者と全く法律上同一の地位にあるから債務者と同様(三)建物を除去し(一)土地の明渡を忍受しなければならない義務を有するものである、況んや両者間に通謀ある本件では尚更である。
五、原決定は「土地の事実上の状態の変更を防止することを目的としてなされた仮処分の執行後この土地上に敢て仮処分違反をなし別個の建物が建築された場合は土地明渡の判決後その土地に建物が建築された場合にこの判決によつて右建物の除去をなし得ないのと同様まことに遺憾ながらこの建物には仮処分効力は及ばないといわざるを得ない」とした、然しこの説は「仮処分命令の送達又は執行があれば仮処分執行は完了したと云う誤つた観念に立脚しているものであり、単に命令送達のみで効力を発生する仮処分命令は別として、執行によつて執行吏の保管に移す如き仮処分命令に於ては、執行後尚執行が継続しているものと解すべきであり、勿論仮処分の効力は存続しているものであるから右の如き説示は誤も甚しいと謂わねばならない、殊に右説は目的物件である土地の現状変更防止の目的で為される仮処分の性格を全く忘却しているものである、即ち同土地の現状変更、占有移転、占有名義変更の違反状態を現出した建物が建築せられた場合斯る現状変更の状態を除去することが仮処分本来の目的即ち本案の判決の執行を保全する所以であり仮処分執行後も本案判決執行が完遂するまで執行が継続せられ、仮処分の効力が存続すると認めることが必要であり合理的である。この点本案判決の効力と区別すべき重要なる点である。
六、又原決定理由中末尾で「仮処分において第三者は債権者、債務者間の仮処分の効果として形成された法律状態の存在を承認せざるを得ないため決定の送達又は執行によりその効果が生じた後はその執行において債務者の承継は考え得ない」と述べているが仮処分は本案執行不能もしくは困難を保全する目的で為されるものであるから本案執行の完了迄は前述の通り仮処分の執行の継続中なることを認めざるを得ず、従つて本案執行完了迄は債権者は勿論債務者の承継と云うことは認める必要あり、これが為め民事訴訟法第七四九条第七五六条の規定も設けられたものでありこの文言からも斯く解することが妥当且つ適正であると考えられる。
七、一般に執行吏は所謂本件の如き占有移転禁止仮処分命令の執行後所謂積極説によつて人物に対し排除権を行使している、然し不動産除去についてのみはこれを行つていない、これは積極説と矛盾しているがこの執行吏の態度は一応了解出来るのである、即ち本案判決に於ても建物収去は授権命令を得て行うと同様、仮処分違反としての建物除去についてもこの規定に基いて別個の裁判機関を通じて茲に新なる命令を得てこれを為すことが合目的性と法的安定性を充足するからである。原決定の説示の如く債務者が現状変更を敢てした場合別個に「例えば建築続行禁止又は土地の使用禁止を目的とする仮処分を申請する必要あり」とする如きは債務者が現状を変更する毎にこれに追従して、次々に新なる仮処分を為すことになり而かもその仮処分には何等の効果がないとすることを意味するものであり、仮処分目的自体を否定する説であり、また迂遠な処置として悪質法違反者を濶歩せしめるのみである、従つて先になされた仮処分の継続として承継執行文を付与することに因り現状変更した状態を除去することは、最も直截簡明であり且つ保全処分が本案執行の不能もしくは困難を保全するものであると云う本質に添う所以であると信ずる。『尚原決定は「抗告人は本案控訴審において請求の趣旨の拡張も為さず自己の権利の保全に万全の措置を欠き」と御指摘され抗告人においても遺憾であるが』これも前同様債務者の現状変更、占有移転に従つて、請求の趣旨変更或は別訴の提起の必要ありと説くもので仮処分の効果を否定するものでなかろうか。
八、以上の如く債務者承継人中原実二は(三)建物所有によつて不作為義務の違反を継続しているのであるから同建物を除去し(一)土地を原状に復する義務あること明らかであるから同人に対し民事訴訟法第二〇一条第七五六条第七四九条第一項第五一九条第四九七条の二の規定により同人に対する承継執行文の付与をなすことは適当なりと信ずる。依て原裁判所が抗告人の承継執行文付与申請却下に対する異議申立を理由なしとして却下したのは不当と信ずるので民事訴訟法第四一〇条以下の規定により茲に抗告をなす次第である。